亮御/無駄な努力
御幸卒業頃の話です。
ー 無駄な努力 ー
ずーっと、不毛な片思いをしていると思っていた。友達や先輩たちには、いつも余裕があって、何を考えているかわからないって、よく言われていたけど、高一の時から恋をしていた。
自覚したのは、ずっと後だけど、たぶん最初に見たときから好きだった。憧れのクリス先輩でもない、全員を引っ張っていく哲さんでもない。どこが好きかと聞かれたらわからない。何がキッカケで好きになったんだろう。自分でもわからないんだから、説明もできないのに。
今日、寮を出ていく亮さんに次々に皆が別れの言葉を言っていく。大半の荷物は送ってしまったから、小さな鞄を持って立っているだけの彼は俺の方を見て、イタズラに第二ボタンやろうか?なんて、言ってのけた。俺の気持ちを知りながらバカにしているんだと思った。
悔しかったけど、何も言い返せなかった。手の中に乗せられたボタンは制服のボタンじゃなくてカーディガンの物だった。よくブツケるせいなのか、少し色がはげていた。
カーディガンのボタンじゃ、心臓から遠いですよとか、ありがとうございます、なんて、到底言えなかった。俺は自分でも思うけど素直じゃないし、何でも笑って流せるような余裕も持っていない。
特に色恋に対して。だって、この気持ちが初めてなんだ。初めてなのに何でもかんでも制御できるほど大人でもない。
ただ一言、「卒業しても野球は続けますよね?」と、訪ねた。当たり前っと、簡単に笑ってみせる亮さんに、俺も、なんとかニヤリと笑い返せた。と、思ったけど、笑えてなかった。
「泣くなよ」
真っ直ぐと彼を見ているはずなのに、気持ちが下を向いている。本当に泣いてしまったのかと、手を伸ばさなくても頬が濡れていないんだ、泣いているわけがない。
「泣いてません」
「へぇ、俺が居なくなって、寂しい?」
他にも今日、寮から出ていく先輩なんてたくさん居るのに。学校を卒業して、次の就職や大学に向けて一人一人減っていく。次の奴らが入ってくるんだもん。いつまでも残っていても邪魔なだけだ。
彼を一緒に見送りに顔を出した同級生や下級生が居るのに。ギリギリ潤んだだけだ。涙はこぼれていない。泣くなんて格好悪いし、今までこの気持ちが周りにバレないようにしてたんだ。大丈夫大丈夫と、何度も心の中で自分を励ました。
長くも短くも感じた別れの挨拶は、あっけないほど、彼はさっさと去っていった。俺の隣に立っていた倉持が、俺の手の中の物をのぞき込んで、「そのボタンなんなんだ?」と聞いてきたから、「呪いのボタンだよ」と、教えた。
正直、あのとき言ったことは本当になった。俺はボタンを未だに持っている。財布の中に大事に入れてある。財布を勝手に見るような奴が居ても、ただのボタンだ。誰にバレることもない。
俺は何をこんなにも大事にしているんだろう。どうせ実らない恋なんて早く忘れちゃえばいいのに。初恋は実らない、と、誰かが言っていた。クラスの女子が言っていたんだっけな?
普段は、野球に、学業に手いっぱいであまり思い出すこともないのに、やはり自分はあの人のことが好きなんだと思うときはコッソリと財布の中の小さなボタンを見た。
小銭入れに紛れて、貰ったときよりも草臥れた色合いのソレを。
今日、俺は寮を出ていく。手続き上は大学に入るまでは高校生なんだっけ?
大学に進学して、一人暮らしを始める。あの時と同じように下級生や、まだ残っている同級生に見送られて。
頑張れよ、頑張るよが行き交うだけの淡泊な物だった。俺とは違ってバカ正直な奴らが涙を浮かべてくれた。
「俺、絶対、御幸と同じ大学に行きますんで、また、球を受けてくださいね!」
「お、俺も!」
「うるさい、のっかってくるなよ、降谷!!」
「まぁ、まぁ、栄純くん、そうカッカしないで」
「まっ、待っててくだせぇー。また一段と野球のうまくなった俺が、救世主のごと現れますんで」
「沢村は、勉強的に無理なんじゃないかぁ~」なんて、からかって。じゃぁなっと、ぎゃぁぎゃぁうるさいアイツらをほって、さっさと背を向けた。
今後も野球は続ける。自分の別れの時と、あの人との別れの時を重ねて思い出す。
野球と同じように俺はあの人から離れれないのかなっと、考えながら駅に行くと見慣れた男が改札の広場に立っていた。
「亮さん・・・」
「お疲れ」
「お疲れさまです、どうしたんですか?」
何故か声が掠れていた。格好悪い声だなっと、客観的に感じる部分もあって少し笑いそうになった。
「春市に聞いたんだ、今日、退寮する予定だってね」
「はぁ」
弟に会いに来たわけでもなく、わざわざなんなんだろう。意図が読めない。久しぶりに見て、声を聞いただけでドキドキと心臓がうるさい。
「ねぇ、アレ、まだ持ってる?」
「アレ・・・」
「俺もお前のが欲しいから、わざわざ来たんだけどさ」
そういって、シャツのボタンの二つ目を指さした。
「冗談は止してくださいよ」
出来すぎている。だって、彼は一度だって在学中から俺にそんな素振りは見せなかった。卒業後も一度も連絡を取っていなかったのに。
まだ俺が自分を好きだと思っている自信が憎かった。でも、実際に俺は、変わらずこの人が好きで、大事にボタンを持っている。
そんな物はとっくに無いと言ってしまえば、この恋は終了するのだろうか。俺は初めてあ会った時からボタンなんか貰わずして呪われている。
一歩、彼が距離を縮めてきて、俺の服を指さした。学生服でもない、普段着のシャツ。小さな白いボタンに亮さんの指が触れる。
久しぶりに会ったせいだろうか、心臓が痛いぐらいに苦しい。免疫が下がっていたんだろうか。頭も回っていない状態で、目の前にニヤリと亮さんが笑って、「もちろんくれるよね?」と、言われた。
軽く目眩を起こしながらも、「はい」と、返事をしていた。
end.
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