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- 土足の人間 -


学校の春休みが来た。教師の春休みは３月２７日から２９日までだ。
学校により多少のズレはあるだろうが、３０日より入学式の準備など、もちろん、部活の顧問をしている教師は休みも返上して出勤していたりする。
休む休まないは教師の選択だが、２６日の夜の飲み会は独身者は必ず出席することになっている。
参加費を徴収されて、飲み放題と聞けば飲むしかない。既婚者は出てきたとしても始めの一時間程で家に帰っていくし、翌日もキツい部活に顔を出す運動部の顧問の先生方は帰っていく。
五月蝿いメンツも一人、また一人と消えていく。年配の先生を気遣って日本酒の多いお店が選ばれる事が大半で、今回の飲み会の会場となる居酒屋も多少タバコ臭い所を見ぬ振りすれば最高の品揃えだった。
普段は静かだが、好きな物を好きなだけどうぞと言われて、少々ハシャイでしまったようだ。
あれもこれも飲んでみたい。喉にするりと入ってくる酒、鼻にも心地よい香りに次々に飲み干していく。
「先生、ペースが早いですね」と心配の声を掛けていただいたが、このぐらい普通だ。酒には強い方だと思っていたし。

大丈夫ですと笑っていた数時間前を思い出す。

解散して、心配して声をかけて下さる若い女性教師にニコやかに別れを告げた。
だいぶ浮かれてる。わかっていても、この気持ち良さで機嫌が頗る良い。
このまま気持ち良く帰って、シャワーを浴びてさっさと寝よう。
駅へ向かっている途中で、ポケットの携帯電話が震える。マナーモードでバイブ機能だけ生かしていたのを思い出した。
ディスプレイも見ずに「もしもし」と返事をした。
『もしもし？綾小路？』
「そうだけど、なんだよ」
折角気持ちいい気分なのに、お前かよ、風間。
少し足下が覚束ないなっと電柱に手をついて立ち止まる。
『もしかして、飲んでる？』
「ん、用件を言え」
『今日、泊めて欲しいんだ、それで、もう、君の部屋に居る』
「いつ合鍵作った」
『ん～？秘密。良いでしょ、害はないって』
大有りだっと、通話を切った。合鍵ってなんだ、限度が過ぎるぞ。
せめて外で殊勝に待っているとか出来ないのか。溜息を一つ吐いた息が先ほどの美味い酒の匂いだったので少しだけイライラがさがった。酒は良いな。

自分で気分を持ち上げて、上機嫌なまま帰ってきた。
ゆっくりと歩いて帰ってくる間に酔いが回ったのか、足下がふらついて、アパートの階段を上るのに時間がかかった。
まぁ、いい。明日からはしばしお休みだ。仕事も無いし、時間をかけたって良い。
機嫌がいいから何でも許せてしまう。今に笑い出してしまいそうだ。
部屋の扉を開けると、鍵がやっぱりかかってない。
おい、不用心だぞ風間！っと玄関に置いてあるソイツの靴に文句を言おうとした所で、家にたどり着いた安心感からか、力が抜けて玄関先で上向けに寝転んでしまった。
ここは、邪魔な風間をこき使うしか無い。なんでか知らんが、色々と理由をつけてココにくるんだからな。
合鍵の追求は明日で良い。はやく、喉が渇いた。
「おい、水ぅ～」
風間ー、水みずぅ～！と呼びかけると、風間が来て俺を見下げた。
「こりゃまた、飲み過ぎちゃって。バカだね」
「バカはお前だ、水～！」
なに可愛くおねだりしてくるのっとブツブツ言いながら横のキッチンに消えて、コップ一杯の水を持ってきた。
水を求めて手を伸ばしたが、それはスルーされて、コップは俺のオデコの所に置かれた、ヒンヤリと冷たいコップの感触を感じる。
「って、おい、舐めてんのか、お前」
続くはずの罵詈は出てこなかった、不安定な場所に置かれたコップがひっくり返って、俺に零れてきたからだ。
くそ、ムカつく、さっきの上機嫌な気分返せ、このやろう。ムカムカしてたらグルグルしてきた。
んー、もう気分悪くなってきたし、眠い、寝てしまおう。
風邪ひいたら馬鹿な風間に面倒を見せさせよう、バカは風邪ひかないって言うからな。
眠気に目を閉じると風間がビショビショの俺を抱き起こした。
「おぉ、姫、どうしてこんな事に！」
っと、下手な演技をした。お前のせいでこんな事になってるんだよっと言ってやろうと目を開いたら、間近に風間の顔があった。
キスをされて、驚いて間が空いた後に、胃の底からこみ上げてくる物を目一杯吐き出した。
「わー！」っと情けない悲鳴を上げた風間に引きずられるようにトイレに運ばれて、続きを吐いた。

折角の短い春休みの幕開けを最悪の一日の終わりで、スタートさせた。
ごめんごめんと背中を擦られて情けなさと、美味しい酒を戻した悲しさで一杯だった。




end.
風間、明日コロス。